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最高裁判所大法廷 昭和41年(ク)402号 決定 1970年6月24日

抗告人

南周三

代理人

堀之内誠吉

沢田竹治郎

鈴木弘喜

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人堀之内誠吉の特別抗告状および特別抗告理由書記載の抗告理由について。

論旨は、東京地方裁判所が昭和四一年六月二一日午前一〇時抗告人に対する破産申立事件についてした破産宣告決定(以下本件破産宣告決定という。)および東京高等裁判所が同年九月一四日右破産宣告決定に対する即時抗告申立事件についてした抗告棄即決定(以下原決定という。)は、いずれも、口頭弁論すなわち公開の法廷における対審を経ないでなされたものであるから、憲法八二条に違反し、ひいては、憲法三二条および七六条三項にも違反すると主張する。

そこで、考えるに、憲法八二条は、「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。」と規定しているが、この規定にいう裁判とは、現行法が裁判所の権限に属せしめている一切の事件につき裁判所が裁判という形式をもつてするすべての判断作用ないし法律行為を意味するものではなく、そのうち固有の司法権の作用に属するもの、すなわち、裁判所が当事者の意思いかんにかかわらず終局的に事実を確定し当事者の主張する実体的権利義務の存否を確定することを目的とする純然たる訴訟事件についての裁判のみを指すものと解すべきことは、すでに当裁判所の判例(昭和二六年(ク)第一〇九号・同三五年七月六日大法廷決定・民集一四巻九号一六五七頁、昭和三六年(ク)第四一九号・同四〇年六月三〇日大法廷決定・民集一九巻四号一〇八九頁、昭和三七年(ク)第二四三号・同四〇年六月三〇日大法廷決定・民集一九巻四号一一一四頁、昭和三九年(ク)第一一四号・同四一年三月二日大法廷決定・民集二〇巻三号三六〇頁等参照。)において明らかにされているところである。

ところで、破産裁判所がする破産宣告決定およびその抗告裁判所がする抗告棄却決定が右に述べたような固有の司法権の作用に属する裁判に該当するかどうかについて考察するに、これらの裁判は、いずれもそのような裁判には該当しないものと解するのが相当である。けだし、破産手続は、狭義の民事訴訟手続のように、裁判所が相対立する特定の債権者と債務者との間において当事者の主張する実体的権利義務の存否を確定することを目的とする手続ではなく、特定の債務者が経済的に破綻したためその全弁済能力をもつてしても総債権者に対する債務を完済することができなくなつた場合に、その債務者の有する全財産を強制的に管理、換価して総債権者に公平な配分をすることを目的とする手続であるところ、破産裁判所がする破産宣告決定は右に述べたような目的を有する一連の破産手続の開始を宣告する裁判であるにとどまり、また、その抗告裁判所がする抗告棄却決定は右のような破産宣告決定に対する不服の申立を排斥する裁判であるにすぎないのであつて、それらは、いずれも裁判所が当事者の意思いかんにかかわらず終局的に事実を確定し当事者の主張する実体的権利義務の存否を確定することを目的とする純然たる訴訟事件についての裁判とはいえないからである。もとより、破産裁判所およびその抗告裁判所は、右のような各決定をする前提として、破産の申立をした債権者およびその他の債権者と債務者との間の債権債務の存否についても判断するものであるけれども、その裁判によつては右当事者間の債権債務の存否は終局的に確定するものではない。むしろ、破産裁判所およびその抗告裁判所が右債権債務の存否についてする判断は、破産手続外においてはもちろん、その後の破産手続内においてすら、何ら特別の効力を有するものではなく、債権者が破産手続において破産債権者としての地位を取得し、その地位にもとずく権利を行使するためには、その者が自ら破産の申立をした債権者であると否とを問わず、破産宣告後の所定の期間内にその債権の届出をしたうえ、債権調査期日において破産債権確定の手続を経ることを要し、その際所定の異議のあつた債権については、破産手続外で行なわれる純然たる訴訟事件としての債権確定訴訟を経由しなければならないのである。他方、破産宣告決定を受けた債務者も、特定の届出債権の存否を争おうとする場合には、債権調査期日において自らその債権に異議を述べることにより、後日破産手続外で行なわれる純然たる訴訟事件として別途訴訟においてその債権の存否を争う機会を留保することができるのである。してみれば、破産裁判所がする破産宣告決定およびその抗告裁判所がする抗告棄却決定はいずれも固有の司法権の作用に属する裁判に該当しないことは明らかであり、したがつてまた、これらの裁判は、憲法八二条の規定にいう裁判には該当しないものというべきである。

なお、破産宣告決定があると、その決定を受けた債務者はその所有する破産財団所属の全財産の管理処分の権限を喪失するとともに、居住の制限、引致、監守等の一身上の拘束をも受けることになり、また、債権者も右決定を受けた債務者に対し直接的個別的に権利を行使することができず、それを行使するためには、前述したように、その債権の届出をして破産手続に参加することを余儀なくされるのであるが、これは、破産法が破産手続の目的を達成するために定めた効果にすぎないのであつて、特定の債権者と債務者との間の実体的権利義務の存否には何ら影響を及ぼすものではない。さらに、破産宣告決定があると、その決定を受けた債務者は、破産法以外の私法および公法上の諸資格、例えば、後見人、保佐人、公証人、弁護士等になる資格を失ない、その後復権の要件が成就しないかぎり、これらの資格を回復することができなくなるけれども、これは、単に破産法以外の法令が破産宣告決定の存在を要件として定めた別個の効果にすぎず、破産宣告決定自体の効果ではないから、破産法以外の法令上そのような効果が発生するからといつて、破産宣告決定およびこれに対する抗告棄却決定自体の性質に影響を及ぼすものではない。

以上によつてみれば、本件破産宣告決定および原決定は、それらが所論のように口頭弁論を経ないでなされたものであるとしても、何ら憲法八二条に違反するものではないというべきであり、その違憲をいう論旨は採用することができない。したがつてまた、その違憲を前提として右各決定が憲法三二条および七六条三項に違反するという論旨も理由がない。

なお、その余の違憲をいう論旨は、その実質において、違憲に名をかりて本件破産宣告決定および原決定の単なる法令違反ないし事実誤認を主張するものにすぎず、いずれも民訴法四一九条ノ二、一項所定の特別抗告理由には該当しない。

よつて、本件抗告はこれを棄却し、抗告費用は抗告人の負担とすべきものとし、裁判官全員の一致で、主文のとりお決定する。(石田和外 入江俊郎 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎 松本正雄 飯村義美 村上朝一 関根小郷)

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